投資に限らず勉強は無駄ではない。
家事などに限らず、投資目線で考えると色々見えてくることがあります。
というか、人生は全て投資であると言ってもいいでしょう。大げさでしょうか。。
将来のために勉強に時間を投資する。楽しみのためにお金を投資する。当たり前のことを書きますが、全てはなんらかのリターンを期待してのことです。
勉強するのは、志望する学校に入ったり試験に合格することをリターンとして捉えることが多いと思います。
話題のラーメン屋に並ぶのは、食べたことがない美味しさというリターンを期待したり、そのラーメン屋で食べたという話を人にすること(話題のネタを増やすこと)ができるというリターンを期待していたりします。
しかし、そのリターンは必ずしも得られるものではありません。
勉強しても望む結果が得られるかは保証されませんし、並んで入ったラーメン屋が期待ほどの味でないこともあり得ます。
それでも人は望む結果を得る確率を上げるために勉強しますし、並んででも食べたいもの、買いたいものもあるでしょう。
仮に、勉強した結果望む学校に受からなかったとします。それは残念なことですが、勉強したという投資に関してのリターンがゼロというわけではありません。
何よりもまず勉強して知識が増えたこと、また、勉強法、スケジュールの立て方、試験対策の立て方など、今後に活かせる大事なもののレベルが上がったことは間違いないでしょう。
少なくともこれだけで勉強をして良かったと(後からでも)思えるはずです。
株についてもこれと似たところはあります。散々調べていけると思って買った会社の株価が大幅下落。
よくあることです。
それは金銭的、時間的な損失なのでしょうか?短期的にはそうでしょう。
しかし、長期的に見れば株の調べ方のレベルは上がり、チャートの見方、市場動向に関する知見も深まり、次に買う会社は以前よりも失敗する確率がちょっとだけ少なくなっているはずです。
これを繰り返していくと株式投資に関するレベルが上がり、また失敗する確率が少しずつ下がることにより資産の増加スピードは徐々に早まります。
理想論を書いているようですが、株式投資を約15年やってきて、ゆっくりですが得たものが結果を出していることを実感しています。
ユダヤ人の教えにもある通り、勉強や体験して身につけた知識、知恵は誰に取り上げられることもありません。
何よりも15年前の自分がまず投資を始めたこと、また動機はどうあれそれを継続的に続けてきて良かったと思います。
まとまらない話になってしまいました。
では。